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2016年2月7日 

どんな反応?

~ どんな反応?

 神の国をシンプルに、生きる!信じる!伝える!。今年の私たちの目標です。そして、家族の回復に私たちは、ひとつのフォーカスをおいています。
 家庭によい実を結ぶためには、ただ成り行きで生活をしていても、決して良い実を結ぶ祝福された家庭となることはないでしょう。
 神さまが造られたこの世界は、夏が去れば冬が来て、花が咲いてまた枯れて、堤防が出来てもやがては崩れ去っていく、建てた家もやがては古くなっていくといったように、ある意味で自然の法則ともいえるものがあります。しかし、人生には、そんな自然の法則にまかしているだけでは決してうまくいかないものもあるのです。むしろ、自然の法則に逆らって、神さまと共に労をし、建設しなければならないものがあります。まさに、家庭もそのような者のひとつではないでしょうか。
 家庭に良い実をならすためには、まず土壌を耕し、よりよい土壌を築かなければならないのです。そして、そこには良い種をまかなければならないでしょう。その上、蒔きぱっなしでは成長しません。そこを手入れし、必要に応じて水や肥料を注ぎ育てていかなければなりません。
 いっしょに、私たちのよりよい家庭を築くために私たち自身の生き方をチェックしましょう。

 今日は、特に私たちに罪をもたらしてしまう貪欲ということについて、ルカ12章の愚かな農夫のたとえ話から考えて見ましょう。
 私たちの人生はまた、家庭は、物質さえあれば幸せというものではありません。多分、もう皆さんはお気づきのこととは思いますが。しかし、私たちは豊かであってはいけないわけではないのです。神さまは私たちを祝福して下さっているのです。
 そんな、神さまの物質的な祝福に対して私たちの反応、態度は問題になってくるのです。私たちは、神さまからの物質的な祝福の中で、何を見ているのでしょうか?何を考えているのでしょうか?また、何を経験し、何を持っているのでしょうか。このルカ12章を通して神さまが、何を語って下さっているのか、そして、私たちがどのような反応を示し、どんな態度で生きることを望んでおられるのかをいっしょに考えていきましょう。

そして人々に言われた。「どんな貪欲にも注意して、よく警戒しなさい。なぜなら、いくら豊かな人でも、その人のいのちは財産にあるのではないからです。」 ルカ12:15
                              M.H