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2017年10月1日 

創世記34,35章

~ 創世記34,35章
    
 先週私たちは、32周年の記念の時を持ちました。皆さんはどんな波を感じていらっしゃいますか。次の大きな波を信仰の目で見て、今準備をしましょう。初代教会が誕生したころ、どのようなものを皆はいっしょに持っていたのでしょうか、また、どのように毎日を過ごしていたのでしょうか、先週考えました。そのことについてもう少し再来週から3回くらいかけて、いっしょに考えていきたいと思っています。いっしょに波に乗るために。
 さて、今日は、創世記の旅を続けます。私たちはヤコブとともに旅をしています。前回ヤコブの人生の大きな転換期、今までの生活に一区切りをつけて、約束の地へと帰るところをみました。決して簡単なことではなかった兄エサウとの和解、しかしそんな局面を突破しヤコブは兄と和解しました。兄との和解なしに、約束の地へ帰れないし、そればかりか約束の祝福を受け継ぐことはできなかったのです。神さまとの霊的な格闘のすえ、自我を砕かれ神の勝利を見たヤコブでした。
 今日は34章35章をいっしょに旅していきましょう。イスラエル一族に消滅の危機が襲い掛かります。ヤコブ一族は、シェケムで天幕を張った土地の一部を購入し、そこにとどまっていました。そこでアブラハム契約の継承者としての霊的指導力が問われる事件が起こりました。
 その土地を出ていかなければ、どうしようもない、にっちもさっちもいかないような状況の中で、ヤコブに次の道を示されたのは、神さまでした。
  神はヤコブに仰せられた。「立ってベテルに上り、そこに住みなさい。そしてそこに、あなたが兄エサウからのがれていたとき、あなたに現われた神のために祭壇を築きなさい。」 35:1
 このみ言葉のように、どうしたらよいかわからないようなとき、自分で考えてもどうしようもない、そんな時そんな状況の中では、ただ一筋に神の仰せに従って進むしかないのです。何をどうしていいかわからないとき私たちが切実に必要とするのは、人の知恵、高邁な人生論や理屈ではなく現実に即したより具体的なアドバイスなのです。ヤコブの頭の中は吹っ切れ、主が仰せになったからという単純で何より十分な理由で新しい旅立ちに踏み出していったのです。私たちはいかがでしょうか。私たち自身の信仰を今日再建しましょう。
                           M.H