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2017年11月5日 

のみ!

~ のみ!
 
 “キリスト者はあらゆる事物から自由である。人は義と認められ救われるためになんの行いも必要とせず、ただ信仰によって豊かなこれらの賜物を受け取るのである。”
“善い行いが人を善い人にするのではない、善い人が善い行いをするのである。”
 マルティン・ルターのことばです。
 去る10月31日は宗教改革記念日でした。今から500年前ドイツの大学で聖書学を教えていたマルティン・ルターが免罪符に対する反対論を述べ、自分の見解を九十五箇条で表し、ヴュッテンベルク城内の教会の扉に掲げました。それはたちまちのうちにヨーロッパに広まり、大学や宗教の中心地を揺り動かしました。宗教改革です。
 今年は、その宗教改革から500年にあたります。私たちの信仰もまさにその宗教改革の教理の上に立てられているのです。
 “私は、パウロのローマ人への手紙を理解したいと切に願っていた。途中に立ちふさがっているものはただ一つ「神の義」という表現であった。なぜなら私はその義という語を、それによって神が義であられ、不義なるものを正しく罰せられる義と解釈していたからである。・・・ついに私は神の義とは、それにより恵みと全くのあわれみにより、神が我々を信仰によって義とされる、そういう義であるという真理を把握した。それで私は自分自身が新生したこと、そして、パラダイスへの開かれた戸口を通り抜けていることを感じた。・・・以前は神の義が私を憎しみで満たしていたのだが、今それは私にとって、さらに大いなる愛の内に、言い表せないほどの甘美なものとなった。パウロのこの箇所は、私にとって天国への門となった。”
 ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。 ローマ3:24
人が義と認められるのは、律法の行ないによるのではなく、信仰によるというのが、私たちの考えです。 
                        ローマ3:28
 信仰義認、聖書のみ、万人祭祀について今日いっしょに、そこに立ち返り私たちの信仰を見直し、恵みによって励まされ強められましょう。               M.H