2012年, 7月のブログ

2012年7月24日 

会堂の移転も無事に終わり、新しいジーザスファミリーの第一歩を踏み出しました。そしてそんな私たちに、恵みの上にさらに恵みを与えて下さる神さまは、夏の聖会を通して、私たちを励ましてくださり、これからの私たちが進むべき、歩むべき方向を示してくださり、ひとりひとりにそして教会に力強く語ってくださったと思います。いっしょに新しいページを築いていきましょう。聖霊さまの導きの中で主に従っていきましょう。

言うは易し行うは難しとはよく言ったもので、私たちの日々のクリスチャン生活を振り返ってみれば、思い当たる節は結構あります。儒教のことばですが「知にして不仁なるも不可、仁にして無知なるも不可」(知と仁が両方とも心になければならない、知識をもっていても愛がない者もいけないし、愛を持っていても知識がない者もいけないその両方を兼ね備えなければならないという意味)という言葉がありますが、まさに私たちのクリスチャンとしての歩みもそのようなものに陥ってしまうことがあるのではないでしょうか。私たちはクリスチャンとして歩むべき歩み方について聖書がどのように語っているのかをよく知りわきまえてはいるけれど、果たしてそれをそのまま行動として表せているのでしょうか、また、私たちの思いの中にある動機はどうなのでしょうか。

すると、ある律法の専門家が立ち上がり、イエスをためそうとして言った。「先生。何をしたら永遠のいのちを自分のものとして受けることができるでしょうか。」

イエスは言われた。「律法には、何と書いてありますか。あなたはどう読んでいますか。」

すると彼は答えて言った。「『心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くし、知性を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』また『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』とあります。」

イエスは言われた。「そのとおりです。それを実行しなさい。そうすれば、いのちを得ます。」

 しかし彼は、自分の正しさを示そうとしてイエスに言った。「では、私の隣人とは、だれのことですか。」                                    ルカ10章25~29節

イエスさまは、律法の専門家に何を言わんとされたのでしょうか。私たちが救われるのは、何か良い行いをするからではないはずです。しかし実行しなさい。とイエスさまは言われました。

 そのあと、イエスさまは良きサマリヤ人の話をされます。そして、そこでもイエスさまは行って同じようにしなさいと行動することを強調しておられます。

愛は、知識ではなく実行されなければ何の意味も持たないのです。イエスさまは、私たちに愛を知識として教えて下さっただけではなく、まさに十字架を通して実行してくださったのです。そして、今もその愛を私たちに与えて下さっているのです。そんな愛をもって私たちが生き、その愛を隣人に流しだしていくように。                       M.H

 


2012年7月10日 

 先週私たちは、この新しいセンターで新しいページを開きました。今このとき、この場所で礼拝をささげていることは、主の御手にあり、主の導きの中であると確信しています。主が素晴らしい場所を与えてくださったことを感謝します。

 そして、これまでの過程においての皆さまの多大なご協力を心から感謝します。ありがとうございます。これからますます、この場所が、そして私たち自身が、さらに用いられていくことを期待してワクワクしています。

   先日の祈り会で、いつものように主を賛美し、礼拝していました。主を待ち望み静まって、主が何を語ってくださるか、期待を持って待っていました。新しい場所に移って最初の祈り会で、きっと主は何か新しいこと、思いに浮かんだこともないことを語ってくださるに違いない!「主よ!語ってください!しもべは聞いております!」と、意気込んでいました。目を閉じて主の前に静まり、時間が過ぎていきます。5分経ちました。何もことばはありません。10分経ちました。何もことばはありません。「う~ん、おかしいなぁ?」と思ったその時、心の中に一つの思いが浮かんできました。先週までの祈り会となんら変わりはない、という思いでした。目を閉じて礼拝し主を見上げていた時、自分がどこで礼拝しているのか分からなくなったような気がしました。目を開けるとそこはもちろんこの新しいセンターです。そしてまた目を閉じると、そこにあるのは主の臨在だけです。今までと変わらず主は豊かに御臨在くださり、私たちを導いてくださっているのだと感じました。旧JFセンターであろうと、この新しいJFセンターであろうと、主が私たちとともにいてくださるのだと改めて確信しました。雲の柱、火の柱で導いてくださる所に、私たちは主に従ってついて行くのです。主の導きの中、主の臨在を仰いで、一緒に前進しましょう!主が導いてくださるこの旅路をともにすすんでいきましょう!ジーザスファミリー号に乗って。               Mrs.M.H

 


2012年7月1日 

いよいよ、新しいページが開かれました。期待と喜びで胸が躍る思いです。

神さまは、いつも私たちとともにあって、その確かな導きをもって私たちジーザス・  ファミリーを主のご計画の中で前進させて下さるのです。

今日私たちは、新しい会堂に移ってきました。ここでなされる神さまの大いなる御業に、期待しましょう。

皆さんは、これから始まる新しいジーザス・ファミリーの1章に何を期待しておられるのでしょうか。そしてまた、神さまも私たちジーザス・ファミリーにどれほどの期待をかけて下さっているのでしょうか。神さまは、決して私たちを見捨てず、私たちとともにあって、ビジョンを与え、励まして下さり、私たちを前進させて下さるのです。

今こそ、私たちは、勇気を出して働くときです。本気で仕事に取りかかるのです。

正しいゴールに向かって、同じゴールを見据えて。しっかりと私たちの人生の焦点を合わせようではありませんか。今も、主の霊が私たちの間で働いているのです。

神さまが、なそうとされることに自分自身をゆだねて神さまのみこころだけが、この世界になるように。私たちジーザス・ファミリーは神さまを愛し従っていくのです。

私たちが、期待し、信頼し、従っていく神さまは、この天地すべてをお創りになられた全知全能の父なる神さまです。そのお方は、私たちを愛し、その愛するひとり子イエスさままでも私たちに与えて下さったお方なのです。私たちは、神さまにそむき、自分勝手な生き方を選びその結果、滅びなければならないものであったのに、その滅びから私たちを救い出すためにイエスさまをくださったのです。イエスさまは私たちの身代わりとなって、そむきの罰を受けて下さり十字架についてくださり、私たちの罪のために死んでくださり、三日目に死の力を打ち破りよみがえって下さったのです。そんな、私たちが見たことも、聞いたことも、心に思いうかんこともないようなことを成し遂げて下さったのです。そのお方を自分の救い主として信じて受け入れ、私たちは、神の子どもとされ永遠のいのちが与えられたのです。ただ、私たちを一方的に愛して下さった方の恵みのゆえに信仰によって救われたのです。

私たちは、いつもその恵みを覚えて、その恵みの中にとどまりましょう。そこから離れてしまっては何もできないのです。私たちは、ただ恵みによって救われ生きているのです。そして恵みの中からキリストのかおりを放つのです。そんな私たちの生き方が、この世界を造りかえていくのです。神さまを愛し、隣人を愛し、互いに愛し合う三つの愛に生きる神の家族として、今、開かれた新しい1章を、神さまに期待し、信頼し、いっしょに前進して行きましょう。                                    M.H