2013年, 2月のブログ

2013年2月24日 

わたしをまだ知らないのですか

 イエスさまの弟子たちとのやり取りは興味深いです。一方的に教えるのではなく、イエスは彼らを考えさせて、質問を引き出して、そしてそれに答えます。ヨハネ14章の中でその弟子育ての方法が見えます。彼らは3つの質問をします。

 一番目に(14.1~6):イエスは、父の住んでおられるところに行って、弟子のために住まいを用意する、というような少しあいまいな表現をします。そして、「わたしがどこへ行くか、どうしたらそこへ行けるか、もうわかったでしょう」と彼らに言います。挑発しているのでしょうか。とにかく、トマスはみんなが思っていることを言い返します。「いいえ、ちっともわかりません。先生がどこへおいでになるのか、まるで見当もつきません。まして、そこへ行く道など、どうしてわかりましょう。」イエスが天国のことを語っていることをトマスはまだつかんでいません。{主にリビング・バイブルを引用しています}

イエスはトマスを見つめて、返事します。行く道を知らないの?「わたしが道です。そして心理でもあり、いのちでもあります。わたしを通らなければ、だれ一人、父のところへはいけません。」

 イエスは新しい宗教や道徳を教えるお方でしょうか。山の頂点までいろいろな道がありますが、その中で気に入るものを選んでもいいのでしょうか。ベストを尽くして、正しく生きていこうとしている私は天国に行けるでしょう!

 イエスの両側に十字架につけられた二人は、2種類の人間を代表しています。一人は救いを求めず、イエスをからかって、自分の罪の中に死にました。もう一人は、イエスを信じて、父の家に行きました。イエスは人間の力でどうしょうもない罪と死という淵を渡る唯一の架け橋です。天国への唯一の道はイエスです。主よ、私を救ってください。

 三番目に(14.21~23):イエスはさらに、わたしに従い、わたしを愛する人に、わたしが自分のことを悟らせる、とおっしゃるのです。それを聞いたユダは不思議そうに尋ねました。なぜ私たちにだけご自分のことを表しますか、なぜすべての人間に表そうとしないのですか。いい質問ですね。時々私も考えます。イエスが聖霊を力強く注いで、多くの奇跡を大阪でなしてくださったら、もっと伝道しやすいとか… でも、イスラエルで多くの奇跡としるしを行っても、イエスを認めた人たちは少なかったのです。イエスを愛し、イエスに従って行こうとする人だけはイエスのことを悟るのです。「わたしたち~イエスと父~はその人のところに来て、その人といっしょに住みます」(23節)。イエスといっしょに住みたいですか。

 イエスを愛すること→イエスに従うこと→イエスを知ること→イエスを愛すること→イエスに従うこと→ の循環です。

アっ?二番目の質問を忘れました。それじゃ、今からそのことをいっしょに考えましょう。                  G.F

 


2013年2月17日 

生ける水の川

 

 神さまとの関係に対して、ドアは開かれていますか?先週はアガペ研修会でした。

 私たちジーザス・ファミリーにとって新しい一年が始まりました。皆さん新たな一歩を踏み出しましたか。何か新しいことに取りかかりましたか、だれかと声を掛け合っていますか?神さまにそして互いに心を開いていますか?今日も主から目を離さず主だけに目をとめて主の道を歩んでいますか?いつも初めの愛に戻って行って、その恵の中に留まっていますか?

 今日も私たちは、神さまの御前に飢え渇いて出ていって、聖霊さまを待ち望み聖霊さまに満たされましょう。

 

 先週、私たちは、ペンテコステ教役者大会に行ってきました。そこで、とても恵まれ励ましとチャレンジを受けました。日本の各地から、牧師や教会のリーダーたちが集まって共に主を賛美し主だけに目を注いで礼拝するときは、素晴らしい時でした。そして、そこで語られたメッセージは、実にシンプルなもので、祈ることそして特に聖霊さまに満たされることの大切さについて講師を通して語られました。それは私の内にも響いてきて、もうそれしかないというそんなチャレンジを受けて帰ってきました。

 

 教会は聖霊さまに励まされて前進して行くものなのです。そして私たちクリスチャンの歩みの一歩一歩も聖霊さまの助けなしには歩むことのできないものです。

 そういいながらも、私たちは日々聖霊さまを求めて、聖霊さまに満たされているのでしょうか。自分が困難に直面したときや、何かチャレンジを受けたときは、熱心に聖霊さまの助けを求めているけど、人生の嵐を通っているように思えるとき、どん底に落ち込んでしまっているような、そんなときは聖霊さまの存在すら忘れてしまって必死に自分の力でもがいていたり、逆に何となく事がうまく運んでいるように思えるような時は、自分を頼りにして自分の力にしがみついて、そしてやがては疲れ果てへとへとになってしまって、信仰すら揺らいでしまったというようなことはありませんか。

 自分が疲れ果ててしまっているのは、自分の力に頼っているからなのです。決して、聖霊さまは私たちを疲れさせることはないのです。主を待ち望むものは、新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることが出来る。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。のです。日々、主を待ち望み聖霊さまに満たされましょう。

 私たちの働きの原動力はそれしかないのです。自分の悟りや力ではなく、主に頼ることなのです。主は、私たちひとりひとりを主の働きのために召し出してくださり、私たちが、その働きをなすために助け主なる聖霊さまを送ってくださったのです。

 私たちが日々の葛藤に、罪の力に、悪魔の策略に打ち勝つのに必要なのは、聖霊さまです。そして、私たちがキリストのかおりをここに、大阪に日本にそして世界の果てまでも放っていくために必要な力は聖霊さまなのです。日々、聖霊さまに満たされましょう。         M.H

 


2013年2月10日 

一致と喜び

みんなが同じ目的をもって、同じ方向を向いて、同じリズムで前進していることはとても美しく麗しい光景ではないでしょうか。鴈が、編隊を組んで目的地へと飛んでいくように、小さな回遊魚が、外敵から身を守るために群れを成して泳ぐように。教会が、一致して進んでいくことは、その速度においても、力強さにおいても、素晴らしい効果を発揮するのです。そして、その一致の中にこそ喜びがあふれます。一致こそが喜びなのです。パウロは言っています。                

 私の喜びが満たされるように、あなたがたは一致を保ち、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、志を一つにしてください。                  ピリピ2:2

 

私たちも、今、さらに一致をもって主に仕えていこうではありませんか。神さまが、皆さんおひとりおひとりをジーザス・ファミリーへと導いて下さり、今このとき、ここで共に礼拝できることは、私たち互いにとって、とても感謝のことです。決して、偶然ではない神さまの、ご計画なのです。そして、そうであるなら、皆さんおひとりおひとりは決して、どうでもよいそんな存在ではなく、このジーザス・ファミリーの家族として、必要でかけがいのない存在なのです。お互いに、お互いの存在を認め合いしあい感謝しようではありませんか。 今日はアガペ研修会です。私たちにとって、とても大切な時です。方向を確認し、リズムを整え、目的に向かって新たに一歩を踏み出す時です。そして、それはまた、神さまが、私たちジーザス・ファミリーをどれほど愛して下さっているのか、そして私たちにどれほどの期待を持って下さっているのかをいっしょに受け取る時でもあります。今私たちは家族として心を合わせて、主に目を注いでいきましょう。 おひとりおひとりが主にあって、このジーザス・ファミリーという家族の中で、何を成すものなのか、どんな役割があるのかを神さまから聞いて行こうではありませんか。神さまからのチャレンジを受け取りましょう。もちろん、聞くだけ、受け取るだけではなく、受け取ったらそこに、私たちのすべてを注ぎだして応答しようではありませんか。神さまは、そんな私たちを用いて下さり、大いなる御業を成してくださるのです。さあ、神さまに信頼して前進しましょう。                               M.H


2013年2月2日 

新しいことが

 

モーセが死んだあと、主はヨシュアに語られました。    わたしのしもべモーセは死んだ。今、あなたとこのすべての民は立って、このヨルダン川を渡り、わたしがイスラエルの人々に与えようとしている地に行け。      ヨシュア記1:2

 

何か新しい始まりを感じます。新しいドアが開かれています。新しい時代への一歩、今までとは違った一歩を踏み出していく時です。今、私たちは、いっしょに立って、越えるべきものを越えて、行くべきところをしっかりと知って、そこへと行うではありませんか。

主がヨシュアに仰せられたように今、主は私たちにも語ってくださっています。主は、私たちに立つようにそして、行動をおこして行くようにと語っておられるのです。

私たちはどこに立つのでしょうか、何に立つのでしょうか。そして、私たちはどこに行くのでしょうか。

今日いっしょに考えてみましょう。                 あなたの一生の間、だれひとりとしてあなたの前に立ちはだかる者はいない。わたしは、モーセとともにいたように、あなたとともにいよう。わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない。   ヨシュア1:5

主は、私たちに素晴らしい約束をくださっています。    

わたしが彼らに与えるとその先祖たちに誓った地を、あなたは、この民に継がせなければならないからだ。ヨシュア1:6

 

主は、私たちに目的を与えて下さっています。

 

今、新しいことが始まるのです。私たちは心を合わせて一つとなって、さあ、前進して行こうではありませんか。

 

このセンターに移ってきて半年、来週はいよいよ、アガペ研修会です。新しいことが始まります。共に集まって主を賛美し主からの導きをいただきひとつとなって御国のために前進して行く、とっても大切な時です。主は、最近私達に、見よ。すべてが新しくなった。と語ってくださいました。

確かにセンターは新しくなりました。そして来週は、私たちの年度はじめ?です。半年前にここに移ってきましたが、ある意味では本当に今、すべてが新しくなったと感じています。今年のアガペ研修会、古いもの、過ぎ去ったものは主への感謝いっぱいと共に置いて、すべてを新しくし、新たに感謝にあふれて、主に期待し、信頼し、前進して行きましょう。   M.H