2014年, 1月のブログ

2014年1月26日 

~何でもあなたがたのほしいものを

 モザンビークに出かける前には、3つのことを祈ってくださるように私たちはみなさんにお願いしました。それに関しては、ここで少し報告します。
 エミのチームはこう言っています:
*コティの若者といっしょに毎日イエスを賛美しながら自然に伝道したのは印象的でした。どこにいても賛美していた。
*超熱い部屋の中で数時間の聖書研究~彼らの飢え渇きはすごい!
*若い世代へのバトンタッチを実際に見て感心した。
 その後、エミ、ニックとジョノがエチオピアに行きました。扉が開いて、数回タナ湖の民族の村を訪問できて、いい下準備でした。そして、多くの大学生や卒業生(ある集会で1000人以上)に、「エチオピアから北アフリカの未伝族に弟子づくりに行こう」というチャレンジを分かち合うことができて、奇跡的な好意を持たれました。最後にニックがエミにプロポーズして、エミがYesと言って、8月に結婚します。
 アイチ先生がコティのリーダーズ訓練をやる予定でしたが、モザンビークに入国するビザが取れなくて、キャンセルとなりました。残念!
 コティのリーダーといっしょにヨハネ15章にあるようにその働きを刈込むために祈って…とお願いしましたが、実をあまり結んでいないところ、死んでいるところなどを見つけました。反面ガッカリしたこともあったけど、不思議な喜びを感じながら、はさみを入れていました。残酷か主の恵みかどちらでしょうか!
 

 15年間何度も歩き横切った島をまた訪問しましたが、人口はそんなに多くないし、みんなが福音を聞いているのに、あまり光に来ようとしないことに気が付きました!アンゴシェの若者が毎週その島の若者のために訪問しているけど、僕はあまり行かなくてもいいと感じました。反対に別の島で見たことがない飢え渇きがあって、ココにリーダーが力を入れたらいいと思ったのです。モスクのリーダーや長老たちが熱心にみことばを勉強しているし、多くの若者が好奇心をもっています。
 イングリという地域に長年力を入れているのに実がないことを認めざるを得なかったので、ずっと担当しているリーダーがその責任を置いて、聖書翻訳に集中するようにお願いしました。新しい働き人が立ち上がっていますが、多くの実を結ぶまでに時間かかると思います。
 若者のグループは一番盛り上がっています。その中の3人が全体のリーダーシップに加わりつつあります。そして、2,3年前までに男性しかいなかったユースに、素直な女の子たちが入ってきて、カップルも増えています。清い付き合いをしている新しいカルチャーのカップル!
 刈り込みは目的ではありません。主にとどまることも私たちが目指していることでもないのです。多くの実を結ぶことによって主が栄光を受けることは目的です。そのために「何でもあなたがたのほしいものを求めなさい」、というように私自身が主に招かれているように感じています。どのような実を結びたいのでしょうか。心の中にも、触れている人たちの中にも、何を求めているのでしょうか、と自分に言い聞かせています。           G.F


2014年1月19日 

ジーザスファミリー号に乗って

 

 いよいよアガぺ研修会です。主に期待していらっしゃいますか?主はわたしたちの思いをはるかに超えて、素晴らしいことをなしてくださるお方です。

 

 去年の暮れに、天王寺に出かけました。ここ近年いろんな商業施設ができて、賑わっています。その中でもひときわそびえ立つあべのハルカスを真下から見ると、その大きさ高さに圧倒されるようでした。

 またある時、友人のマンションを訪れた時、11階からハルカスを眺める機会がありました。そこから見るハルカスはわたしが想像したものより遥に大きく見えました。

 センターからの帰り道、また、ごみを捨てに道に出た時、出かける時いつもハルカスを見ていたにもかかわらず、改めて、「デカイ…」と思わされました。

 ハルカスがすごく大きいことも、ビルとして日本一高いということも頭の中でわかっていました。実際この地域からなら毎日見えますし、思うだけではなくて、目で見ても大きいとわかっていました。

 普段自分が立っているところから見るのではなく、真下からや、いつも自分がいる所より高いところから見たこと

 

 

によって、改めてデカさを感じました。

 そんな時、神さまの偉大さについて思わされました。頭の中で、また経験を通しても、主が偉大なお方と分かっている、知っている。けれど、主の偉大さ、豊かさ、高さ、広さ、深さはもっともっと無限にあるんだ、わたしが今しっている、経験している主は、ごく一部でしかないのだと。

 主に近づいて、主を求めるー個人的に、また家族として、一緒に主をもっと求めようではありませんか。求めるものに良い物を与えてくださるお父さんに信頼しましょう!

わたしたちの先入観、固定観念を捨て去って、新しく主と出会いましょう!

 ジーザスファミリー号に乗って

                           Mrs.M.H

 

…すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を…神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか…神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように。

                      エペソ1:17~19 

 


2014年1月19日 

道、真理、命

 

 毎年のことです。この季節になると、いろいろな目標を立てます。教会の中ではよく自分の信仰生活をもっと充実させるために聖書通読や祈りの時間などの目標を立てたりします。やはり聖書を定期的に時間を割いて読むことは非常に大切ですし、何よりもみことばを読み、みことばと共に生きることを日々実践することで道が開かれていきます。

 

 聖書は神様が私たちに下さった、神のことばです。神が私たちに願っていることや私たちに伝えたいことなどが書かれています。そこに道があり、真理があり、命があるのです。聖書は神の霊感によって書かれました。この世界に存在するどの本よりも出版され、翻訳され、禁じられ、密輸されています。そしてどの本よりも多くの人に読まれ、命を与えています。

 

 また聖書を読むだけでなく、私たちは祈りを通して神様と交わることができます。聖書がまだ編纂されていない時代でも、過去の信仰の偉人達は「神のみことば」を非常に大切にしてきました。それは書物に書かれたものだけでなく、神から聞くことばです。神様は永久不変であ

 

 

り、今も私たちに語ってくださいます。そしてみことばを通して私たちを導いてくださいます。

 

 聖書にも、そして神様が直接語られるみことばにも、大きな力があります。クリスチャンとして、その力こそが生きる源です。神のみことばなくしては生きられませんが、神のみことばに常に養われることで、生活のどの領域においてもイエスの栄光を輝かせることができます。今年も、主のみことばに導かれながら、この街を光で満たそうではありませんか!

                              K. F.

 

「雨や雪が天から降って元に戻らず、必ず地を潤し、それに物を生えさせ、芽を出させ、種蒔くものにはパンを与え、食べるものにはパンを与える。そのように、、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしくわたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。」

                  イザヤ書55章10-11節

                        

 


2014年1月5日 

あけましておめでとうございます

 

 いよいよ2014年、新たな年の幕開けです。皆さんはどのような思いで新しい年のスタートをお迎えになられましたか?このお正月にゆっくりと神さまとの時間をとって、新たなる目標を掲げられたのではないでしょうか。そしてその目標に向かって信仰の一歩を踏み出されたと思います。

 元旦礼拝のとき私たちは今一度原点に戻って自分自身の信仰を考えて見ました。

 私たちは、神に造られたものであり、決して偶然の産物ではないのです、しかも美しく、完璧に作られたものです。神さまが失敗されたなんてことはありません。そして、そんな神さまにそむき自分勝手な道を歩み、滅びなければならなかったものを十字架の贖いによって救いだしてくださり、神さまご自身のものとしてくださり、名をもって呼んで下さったことをしっかりと受け止めそこに、その恵みの上に自分の信仰の土台を築いていきましょう。この新しい年神さまがあなたに与えて下さった素晴らしい賜物を見出し、神さまが遣わしてくださる奉仕の場で自分自身を主に捧げゆだねて仕えていこうではありませんか。私たちひとりひとりは神さまの素晴らしいご計画の中で今ここに集められているのですから。 

 今年もいっしょに恵みの上に恵みを増し加えて下さる神さま、恵みとまことに満ちておられる神さまに自分自身をゆだねて従っていきましょう。

 

 さて、皆さんはこのジーザス・ファミリーがどのようなところとなること思い描いておられますか?

 

 

 イエスさまがカペナウムの会堂で教えておられたとき、そこは群集でいっぱいにあふれていました。イエスさまは、そこでみことばを語っておられました。そこに中風の男が寝かされたまま、連れてこられましたが、イエスさまの近くに行くことができません。そこで、連れてきた人たちは大胆にも屋根を破って中風の男をイエスさまの近くにつり下ろしました。イエスはそんな彼らの信仰を見て、この中風の男に罪の赦しを宣言したのです。そして、この男は、みんなの見ている前で立ち上がりそこから出て行きました。それを見て、みんなは、すっかり驚き、神さまをあがめたのです。

                  マルコ2章1節~12節

 

 今日、私たちは、いっしょにそこから、私たちが目指していることを少し考えて見ましょう。

*イエスさまがおられることが知れわたった

  (イエスさまで有名)

*多くの人が集まった(イエスさまがいるから)

*みことばが語られていた

  (プログラムやパフォーマンスでない)

*いやしがなされた(不思議としるし、力に満ちる)

*かつて見たことがないものを見た

  (目が見たことも耳が聞いたこともないようなこと)

*神をあがめた(神だけが栄光をお受けになられる)     などなど

 

                               M.H