2014年, 7月のブログ

2014年7月27日 

~ 間に合わせなければ

 ~間に合うかもしれない、今なら、今の自分を捨てるには今なんだ♪~あるビルの部屋の中で、ぼんやりと窓をながめているとき古いフォークソングのメロディーが頭の中に流れて来ました。町が見渡せます。数え切れないほどの家やマンション、その中に人が住んでいて、そしてその多くの人は、イエスさまにある救いを知らず、滅びに向かっているんだと思うと先に救われた私たちの責任を感じます。自分自身にとっても、町の人たちにとっても、まさに間に合うかもしれない今ならなのです。私たちはイエス様に呼び出されてイエス様のみ前に行き、永遠のいのちをいただき救いにあずかりました。そして今私たちは、遣わされたものとなったのです。
 聖会でインドの働きの話を聞きました。すごいなですませたくないし、日本もあんな風になったらええのになで終わらせたくはありません。もちろん、全く日本でも同じようにすれば同じようになるというわけではありませんが、私たちひとりひとりが出て行って人々の中に入って行って、神さまを証することにおいては、同じでしょう。神様からのチャレンジに答えて行こうではありませんか。生ける石として、霊の家に築き上げられて、祭司として闇の中から光の中へと導いてくださった方の素晴らしいみわざを宣べ伝えるために出て行くのです。イエスさまがエリコから出ていかれる時盲人が叫んでました。「主よ哀れんでください」と、イエス様はその盲人を呼んでこさせ、やって来た盲人に何がして欲しいのかと尋ね、盲人が目を見えるようになることを願ったら、それを叶えて、盲人に救いを与えて行きなさいと言われました。救いは、行くため

だったのです。イエスさまは、来なさい、そして行きなさいと語られるのです。ペテロは主の元に来なさい。そしていける石とされ、祭司となって、宣べ伝えるようにチャレンジしています。イエス様のところに来ただけで終わりたくはありません。多くの人々が待っています。~間に合うかも知れない。間に合わせなくては今すぐ♪~ 
                             M.H


2014年7月22日 

~ 微調整こそ…

一流のマラソンランナーは、試合の前に数十足にも及ぶ、シューズを作ってもらいその中から自分にぴったりと合ったシューズで試合に臨むそうです。なぜそのようなことをするのかというと、わずか数ミリの傾きや、左右の靴底の厚さのバランスなどで、足に豆ができてしまったり、走り自体がスムーズでなくなるそうです。そして、専門の靴職人は、選手が履いて走っているのを見て、ちょっとした狂いを見極められるそうです。走っている本人が、ぴったり、フィットしているように感じていてもです。
 マラソンシューズを作る職人で三村仁司さんという方がおられます。三村さんは、ランニングフォームを見ただけで靴が足に合っているかどうかわかってしまうそうです。高橋尚子選手がシドニー五輪で金メダルを獲得しましたが、その時のエピソードです。高橋選手の足は右に比べて左の方が8ミリ長く、左右同じ大きさのシューズを履いて走ると、左足が突っ張ったような走りになっていました。三村さんとしてはバランスを矯正するため、右足のシューズを左足よりも1ミリ厚くしたかったが、「右足も左足も同じ厚さのシューズ」というのが高橋選手本人の希望でした。しかし、右足のシューズを1ミリ厚くしなかった場合、彼女が足のトラブルに見舞われる姿が三村さんには見えていたそうです。そこで、三村さんは高橋選手はもちろん、関係者には内緒で独断でシューズを調整したそうです。わずか数ミリ。結果は女子初の金メダルをとりました。そのことを知らなかった高橋選手はシューズの秘密を明かされ、「そうだったんですか、マメひとつできませんでしたよ」と感謝したそうです。わずか数ミリの微調整が金メダルにつながったのです。
 

 私たちの、歩みはいかがでしょうか。ときには、いや日々、私たちも微調整をして自分の信仰の歩みを調節しなければならないのではないでしょうか。私たちは、大きく狂っているなら調整しなければならないと感じることはたやすいのですが、わずかな狂いを発見することは難しいことかもわかりません。しかしそのわずかな狂いが、大きな結果のちがいを生み出すのです。言い換えれば、わずかに思える調整、ほんの数ミリのようなそんな調整が必要なのです。
 今日、私たちは、私たちの事を一番よく知って下さり、いつも私たちのベストを願ってくださっている神さまの前に出て、時間を取って、神さまに聞いて調整しなければならないところを調整するそのような時を持ちましょう。今年も半分が過ぎ去りました。今年の初めアガペ研修会でこの一年が刈り込みの年であり、リッセットの年だと語られました。皆さんは、いかがでしょうか素晴らしい前進のための刈り込み、リセットは順調に進んでいるでしょうか。そしてまた、今年の目標でありテーマである主にとどまることにおいてはどうでしょうか。今、立ちどまって微調整をしなければならないところもあるのではないでしょうか、個人としてもまた、教会としても。今日、主が、語って下さることに耳を開いて、今一度、ひとりひとりが、そしてジーザスファミリーが家族として、主の御心にアジャストするときにしましょう。                 M.H


2014年7月6日 

~ より深く、より広く、28/19

 モザンビークのコティ族の教会の中で、主の働きがより深くなっています。あるリーダーの義理のお母さんが亡くなったので、彼がお葬式に呼ばれました。死んでから12時間後、家に着いて、他の兄弟といっしょに祈るように導かれました。周りの人のあざけりを置いておいて、祈り通しました。そしてしばらく祈っていると、お母さんが生き返ってきて、食事を頼みました。まだ完全に癒されていませんので、続けて祈っています!
 ユースの女の子は急に病気なって、数時間後死ぬというぐらい状態が悪く、医者はあきらめました。ちょうどユース聖会の時でしたので、数人(家内も含めて)が祈りに行って、同時に聖会でもユースのみんなが激しく祈りました。そして、病院で彼女の上に手を置いて祈ったら、目の前で癒されました。完全に!
 そのような奇跡が増えていることは嬉しいのですが、それと同じく感動したのは、いっしょに行った若い世代の奉仕者でした。NZのグレッグさんと日本から行った佐伯淳平さん、小森さんがすばらしい奉仕をしてくれました。難しい環境の中で、悪魔の攻撃を退けて、力強い、内容のある、適切なメッセージをしました。
 エゼキエル47章にある聖霊の川の流れですが、確かに深くなって、大海(国々)に向かっています。「この川が入る所では、すべてのものが生きる。」これからの宣教、特に日本からの未伝族に対する宣教は楽しみです。シュラムの働きにまだ弾みはついているように見えませんが、日本の若者の間の、主を慕い求める祈りに弾みはついています。その中から多くの働き人が起こされてい

きますし、シュラムなどの民族での霊的な突破口が開かれます。そして、高砂の小森さんご家族が年末にミャンマーに開拓チームを連れていきます。長年描いた日本からの宣教が次の段階に進んでいきます。
 また、今日イッポさんの報告を聞きますが、彼らをフランス(とベルギー)のソニンキ族に遣わすことができることは本当に特権です。だれが聞いても「すごい」という展開です。それと同時に、主が新しい働き人を日本に引き寄せています。ダロさん、謝さんたち、今週来るドナさんなどです。
 このような動きに平尾さんたち、山下光さん、JFの皆さんが理想的にと言えるぐらい仕えてきていますが、「ジーザス・ファミリーの宣教」という枠から少しずつはみ出るようになっています。他の教会も関わっています。リンダさんやNZのいろいろなパートナーも協力しています。娘のエミとニックがエチオピアに行ったら、日本からのチームも加えられるでしょう。新しい骨組が必要となってきています。
 堅い組織でもないのですが、この新しいネットワークを28の19と呼んでいます。マタイ28.19…行って、すべての民族を弟子としなさい…というビジョンです。私たちフォーセット夫妻が(リンダさんも)この28/19の開発に専念しています。目の前のことはイッポさんたちと小森さんたちの派遣とサポートですが、これからこの宣教の川が少しずつより深く、より広くなっていきます。皆さまがそれぞれの賜物を持ち寄って、いっしょにこの働きに仕えることは楽しみです。                G.F