2014年, 8月のブログ

2014年8月31日 

~ 全財産を与えた

 皆さん、お祈りありがとうございました。5日間の別荘生活?を終えて、元気に戻ってきました。高校時代、学食のおっちゃんが、卒業して運動せんようになったら、心臓気いつけや、と言われていたのに、積年の不摂生のためについに血管が詰まってしまったようで、なんかしんどいな程度だったのですが、先月検査で見つかり、おっちゃんのことすっかり忘れてたけど30数年ぶりに思い出しました。水曜日に心臓にカテーテルでステントを入れていただき無事に血管が開通しました。異例(たぶん?)の8時間に及ぶ処置とその後の6時間の安静で、心臓がどうのこうのよりとにかく腰が痛くて大変でしたがステントは綺麗に入り経過も良好です。主の御名を褒め称えます。早く悪い箇所が見つかりベストの処置がなされました。主に感謝します。
 2週間前、イサクの嫁探しの話の中で嫁探しに行ったしもべの旅から私たちの信仰の旅について、考えて見ました。今日はイサクがその父アブラハムから受け継いだものについて、一緒に考えて見ましょう。
 アブラハムは自分の全財産をイサクに与えた
                          創世記25.5

 

 

イサクはアブラハムから全財産を受け継いだのです。イサクが受けた最も大きなものは、家畜や土地、しもべではなくやはりその信仰だったのではないでしょうか。逆に言えばアブラハムがその子イサクに分け与えた最も大切なものは信仰だと言えるのです。アブラハムは自身の信仰の歩みを通してイサクに素晴らしい遺産を残したのです。私たちは自分の子供に、また霊的な子供や孫たちにどんな遺産を分け与えるのでしょうか、次の世代は何を受け取るのでしょうか、私たちも信仰の歩みを通して次の世代に素晴らしい遺産を残したいものです。ついついこの世的な財産、お金や土地や地位名誉そのようなものを次の世代、自分の子供達へと必死になって本当に大切なことを見失ってしまいたくはないのです。私たちもキリストにあるものとしてしっかりと信仰の旅を歩んで行きたいものです。            M.H        

~復習・・・思い巡らしてましょう
*自分の人生の中で祈ること、そしてそれが聞かれかなえられることが普通の生活になっているでしょうか。
*自分の頭で理解できないことでも主に疑わずに従うことができますか。
*忍耐、従順、信頼、自分自身の弱点はなんですか
 


2014年8月25日 

~ 謙遜

「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人ものだからです。」マタイ5:3

 日本の社会では謙遜であること、謙虚であることは美徳とされています。神の国もでそうです。イエスは生涯をかけてそれを弟子たちに教えました。山上の説教をこの句で始めたのは偶然ではありません。祈りについて教えた時も、自分の罪を認めて神の前にへりくだった取税人が受け入れられ、子どもたちがイエスの元に行くのを弟子たちが止めたとき、弟子たちをしかるだけでなく、子どもたちのようにならなければ天の御国に入れないと説きました。さらに弟子たちが誰が一番偉いかを話していた時は、偉くなりたい者は仕えなさいと言い、実際に弟子たちの足を洗ってそれを実践しました。

 神の国の謙遜とは、建前のために自分を卑下したり自虐したりして相手の顔を立てるものではありません。神の愛に基礎を置き、自分を犠牲にして兄弟姉妹や隣人に仕えることです。受け身ではなく、積極的に仕え合い、助け合いながら愛を示します。自分のことよりも他人の必

要を考え、愛をもって接することです。また、自分が助けが必要な時に素直にそれを求めることも謙遜です。自分一人ではやっていけない、神の家族の一部であることが必要だと認め、助けられることには感謝し、自分が何かできるときには手を差し伸べる。それが神の国を現した本当の謙遜ではないでしょうか。
 パウロは教会に対してこう教えています。「何事も自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。」(ピリピ2章3-4節)そこでパウロが使った例は、他でもないイエス・キリスト自身の十字架での犠牲です。その上に立つ教会として、キリストと同じような謙遜さを身にまとってお互いに仕え合っていきたいものです。 
                             K.F                      


2014年8月17日 

~ 信仰の旅

 お盆休み、皆さんはいかがお過ごしだったでしょうか。帰省された方、休みが取れずお仕事だった方、宿題に追われていた方さまざまだと思いますが、旅行に行かれた方も、いらしたんじゃないでしょうか。夏休みに限らず、私たちは旅行をするとき、いろいろ計画を建てます。旅の目的に沿った、パンフレットを集めて、見比べてみたり、ネットでいろいろ検索し、どこに行こうかどのようにいこうかとあれこれ旅の計画をたてるものです。
 年老いた、しもべが、主人に頼まれて、遠い国への旅に出かけていきます。その旅の目的は、主人の息子の嫁さがし、行先だけは分かっていても、何をどうするのかは、全く手がかりもない雲をつかむようなそんな旅です。
その、しもべは、旅行会社に、旅先での行動のプランをたててもらうことはせず、また自分で自分の思うままに、旅に出てその目的を遂行するのではなく、信仰によって旅をしました。
 イサクの花嫁を探しに、主人の故郷へと旅に出たアブラハムのしもべの話です。
 彼は、決して花嫁を探すとき、自分の好みや、自分の眼鏡にかなった女性を探そうとしませんでした。また、イサクに好みの女性のタイプや条件を聞いて出かけたのではありません。しもべの旅は何の先入観も、自分の感情も持つこともない、ただ、信仰によってその女性を見出そうとするものでした。しもべの旅は、単なる花嫁探しの旅ではなく、まさに信仰による信仰の旅だったのです。   今日この、しもべの旅の話から信仰の旅のステップについていっしょに考えて見ましょう。

 私たちも、信仰の旅をしています。神さまの計画を知り、与えられた使命を全うする、そんな信仰の旅です。皆さんは、いかがでしょうか、この、しもべのように、信仰によって、神さまのみこころを見出そうとしているのでしょうか、どちらかというと、自分の感覚や自分の知恵に頼って、ステップを踏み出しているのではないでしょうか。
 そして、それが、みこころであると思ったら本当に確信を得るまで、それを見極めているでしょうか。祈りが答えられたと思えるようなことが、目の前にある時、しっかり見極めることをせずにそれに飛びついてしまって失敗するようなことはないでしょうか。しっかりと見極めなければならないのです。そして確信を得たら、それこそが自分の優先順位の一番として生きるのです。
 私たちの信仰の旅のステップです。夏の旅行のステップとはちょっと違うのです。信仰によってみこころを見出し、しっかりと見極めて確信を得て、確信したら全力でそのことにあたる。そのように、私たちが生きるとき、主を新しく体験し、生き方そのものが礼拝へと引き上げられる素晴らしい経験をするのです。アブラハムのしもべはそんな信仰の旅をたどったのです。私たちもしっかりと信仰の旅をたどりたいものです。              M.H                               

 

~復習:*今日のメッセージであなたの心に一番響い
たことはなんですか
*あなたの信仰の旅を思いめぐらせてみましょう。
*信仰の旅が成功するために、確信を得たことに
全力を注いでいますか
予習:*創世記25章を読みましょう
 


2014年8月5日 

~ 踊る阿呆に…

 踊る阿呆に、見る阿呆、同じ阿呆なら、踊らにゃそんそん・・・阿波踊りの一節です。
人々は、踊ることが大好きです?普段、淑女のごとくお上品に見える方も、いつも、眉間にしわを寄せて難しそうにしている方も、お金持であっても、そうでなくとも、地位や肩書に関係なく、みんな心の奥底には踊りたいという思いがあるのではないでしょうか。
そして、それらの思いは、世界共通です。踊りを踊ったことがない民族はないと言っても過言ではないでしょう。そう考えると、踊るという行為はとても自然で素晴らしことではないでしょうか。だからこそ、踊らにゃそんそん。となるのです。
聖書の中で、ダビデという王様が出てきますが、この王様も喜びのあまり、人が見れば、気が狂ったかのように見えるほどに、力の限り喜び踊ったとあります。喜びを神さまの前で思いっきり表現したのです。 
夏になると、日本中あちらこちらで、盆踊り大会が開かれています。盆踊りには、先祖の霊を慰めることなど、いろんな意味が込められていて、私たちが受け入れられるものではありませんが、踊ることは、神さまが私たち人間      

                                                   に与えて下さった素晴らしい贈り物です。
私たちが、喜びを表現し、感謝を捧げ踊りをもって主をほめたたえることは素晴らしいことなのです。私たち、ひとりひとりは、神さまをほめ称え礼拝するために創られたものなのです。喜びの時も、感謝にあふれるときも、苦境の中にあったとして、試練の道を歩んでいるときでも、どんな時にも私たちは神さまを、喜びほめたたえるのです。今日は、私たちの夏まつり礼拝です。人それぞれ、いろんな思いがあると思いますが、さあ、私たち、天地をお造りになられた、全知全能の神さま、そして、私たちひとりひとりを愛し、いつも私たちと共にいて下さる神さまのみ前で、感謝と喜びを思いっきり踊りをもって表現しようではありませんか。そうすることで、天の父なる神さまが、栄光をお受けになられるのです。全世界が、すべての国々が、天地創造の唯一の神さまをほめ称えますように、皆さんごいっしょに、この夏まつりを楽しみましょう。
                             M.H