2015年, 2月のブログ

2015年2月22日 

~ 創世記3章

御国が来ますように!この地に御国を!神の国を生きる!
イエスさまの十字架と復活によって、神の国の勝利がもたらされました。私たち教会こそが、この地に神の国を具現し、神の国を生きるものなのです。
今年、私たちは、創世記を学んでいます。1章そして2章で神の国の始まり(起源)をいっしょに見てきました。創世記は、物事の起源を語る書です。神の国を生きるために、その起源を知ることは、とても大切なことです。
1章では、神が天と地を創造され、その造られたものは非常に良かったこと、そして人間を創造されたことを見ました。2章では、人間の霊的いのちの起源、霊的いのち、すなわち創造主とつながっていることその起源を。そして、人間は、神が創造された世界の管理者とされ、その世界の豊かさを楽しみ味わうものであることについて見てきました。その中で私たちは、神さまの支配にとどまり、神さまの命令に従う限りは自由であり、神さまの祝福にとどまり続けることが出来るものでした。しかし、神さまの命令を無視し、神さまの支配からはずれたら自由も祝福も失ってしまうものだということを見ました。神さまの命令を無視することは、死なのです。それは、創造主から切り離されてしまうことになるのです。そしてそれは、自分の存在の意味、尊厳といったものをなくしてしまうことであり。人生の目的がわからなくなってむなしく生きなければならなくなるものです。
 今日は、3章をいっしょに見ていきましょう。人間は見事に神さまに反逆してしまいました。3章から11章は神の国の喪失

が書かれています。人間は、神のかたちに似せて造られた非常に良いものであるという一面と、神から切り離され、神のかたちを損ねて存在の尊厳も生きる意味も見失ったという、相反する一面を持ったそんな状態にあるものです。どうして人間はこうなってしまったのでしょうか。3章で、神に反逆してしまった、神の命令に逆らってしまった。罪の起源、そして、そうなったその動機、その結果についていっしょに考えて見ましょう。その中で、神さまのご計画を知り、神さまの変わることのない愛とあわれみをいっしょに味わいましょう。                         M.H
 そこで女が見ると、その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。それで女はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。        創世記3章6節              


2015年2月15日 

~ この時代を生きるキリスト者として

 いつの時代も人々を震撼させるようなニュースがたびたびありました。私の幼少の頃でもっとも記憶に残っているのはオウム真理教の一連の事件と、神戸の児童連続殺傷事件ですが最近では毎日必ず新聞でもテレビでもインターネットでも報じられるのが「イスラム国」です。

 昨年の7月頃からイラクとシリアをまたぐ領土を「イスラム国」と宣言し、周辺の勢力と戦い続けています。キリスト教徒やヤジディ教徒、他のイスラム教徒を一斉に処刑したり、また誘拐した外国籍のジャーナリストを斬首する映像を公開するなど、その非道で残虐な実態が世界中に配信されています。

 このような出来事を前に私たちクリスチャンはどのように考えればよいのでしょうか。イエスは「あなたの敵を愛し、迫害するもののために祈りなさい」と言われました。後藤さんや湯川さんの解放を願って懸命に祈ったクリスチャンはたくさんいるでしょうが、「イスラム国」のテロリストたちのために祈った人は果たしてどれだけいるでしょうか。しかしそれはイエスが明確に教えたことです。

 またパウロは「私たちの格闘は血肉に対するものではない」と教えています。たとえアメリカ主導の連合軍が「イスラム国」の壊滅を達成しても、その他に世界で起こっている多くの問題が解決し、人間的な正義がもたらされても、それで神の御国が来るわけではありません。イエスが言われたように、「あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます。」

 

 今の時代は、情報が非常に速く正確に伝わるため、世界の反対側で起きていることが身近に感じられます。その分メディアから受ける影響も大きくなっています。情報を効率よく得られるのは良いことですが、その分この世の価値観に染まらないように気を付けなければなりません。人が憎んだ者を愛し、捨てられた者を受け入れ、裁かれた者を赦すのが神の教会のあるべき姿ではないでしょうか。このような時代だからこそ、そのような無条件のキリストの愛はよりいっそう際立つでしょう。

 しかしその愛を示すことができるのは、神の教会である私たち以外にはありません。

「『自分の隣人を愛し、自分の隣人を憎め』と言われたのをあなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害するもののために祈りなさい。それでこそ、天におられるあなたがたの父の子どもになれるのです。天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださるからです。」  マタイ5:43-46
                   
                                 K.F

 

              


2015年2月15日 

~激しい突風が起こっても

 クイズです。船が嵐で沈みそうです。その中でイエスさまは何をしていたでしょう?こんな質問をしたら、どれだけの人が、寝ていたと回答するでしょうか。もちろん、聖書の話を知らない人たちに質問した場合です。たぶん、皆無に近いでしょう。
 荒れ狂う嵐の湖で、水浸しになった船の中弟子たちは恐怖を覚えて、うろたえています。しかし、イエスさまは、悠然と船の中でまくらして眠っていました。尋常ではない平安です。
 嵐をおことば一つで静めて、そして、うろたえる弟子たちにイエスさまは言いました。
 「どうしてそんなにこわがるのです。信仰がないのは、どうしたことです。」
 信仰は、荒れ狂う嵐の湖を見ることではありません。恐れでうろたえる仲間たちに目をとめることでもありません。周囲がどれだけ荒れ狂っていたとしても、絶望的に思える状況であったとしてもその中で神さまに信頼することです。
 平安の中で、まくらして寝ておられたイエスさまこそ、父なる神さまに完全に信頼する者の姿です。そのただ中に神の国が臨在しているのです。信仰は目に見えないものを仰ぎ見て生きることです。
 目に見える所がどうであろうとも、自分は神さまの支配の中に生きていることを確信して歩むことと言えるでしょう。
 神さまの支配、それはまさに神の国のことなのです。そして、その中に歩むときにこそ、私たちは平安を得るのです。イエスさま

は、弟子たちに平安を示されました。それはまさに神の国を示されたのです。
 私たちも、神の国に生きるものです。神の国に生かされていることを忘れずにいましょう。
 イエスさまは、宣教の初めに、「神の国は近づいた」と宣言され、「御国が来るように祈れ」「神の国を第一に求めよ」と教えられ、多くのたとえ話で神の国について語られ、神の国が来ていることをいやしや悪霊の追い出しで示されました。そして嵐で荒れ狂う湖をもしずめられたのです。これも神の国の現れのひとつです。
 イエスさまこそ、神の国の主です。そんなイエスさまに目を上げて、イエスさまが私の主です。と今日も宣言して神の国をいっしょに生き、神の国の力をこの世界の中で現していこうではありませんか。                           M.H

~*今日のメッセージで一番心に残ったことはなんですか
*信頼するとはどういうことでしょうか
*私たちの平安はどこから来るのでしょうか
*新しい人として神の国の祝福をこの世界に広げましょう
 


2015年2月1日 

~ 荒野の試み

 イエスさまは、公の生涯に入られる前に、御霊に導かれて荒野に上って行って四十日四十夜断食をされました。さすがにイエスさまも空腹を覚えられたとあります。人としてお生まれになって下さったかのですから、当然のことですよね。私だったらフラフラ、いや倒れてしまっているかも、、、です。
 そんな、極限の状態の中でイエスさまは、サタンの試みに遭われました。しかし、イエスさまは、その試みがどのようなものであるのか、その目的は何であるのかを見破って、みごとに勝利されました。
 アダムがこの地上の神の国をサタンに奪い取られたエデンの園以来、歴史の中で繰り返されてきた神の国と、サタンの国との攻防がいよいよクライマックスにさしかかったと言える場面です。
  そして、イエスさまは宣言されます。悔い改めなさい。天の御国は近づいたから。と。
  イエスさまの十字架と復活によって神の国は地上に持たらされました。私たちは不完全なものだから、完全に神の国全部を味わっていませんし、まだ、その完成された神の国を見てはいませんが、この地上で、その神の国の勝利を聖霊によって経験しています。もっともっと神の国の素晴らしさを、わたしたちひとりひとりが、また教会が経験しこの世界に

 

具現化していけるようになりたいものです。
 そんな風に神の国を生きるものとなるために、今日はいっしょにイエスさまの遭われた、試みは、また、サタンの攻撃は、どんなものであったのか。そして、それに対してイエスさまがどのように対処され勝利をされたのかを見て、私たちの日々の歩みの中で、それを生かし私たちも勝利の日々を送りたいものです。
 神の国は近づいているのです。そしてサタンは、今もイエスさまを試みた同じ手口で私たちクリスチャンを、教会を試み滅ぼそうと必死です。私たちは、しっかりと目を覚まして勝利を受け取ろうではありませんか。すでに完全な勝利が私たちには与えられているのです。サタンの試みに打ち勝ち、日々、神の国を生きていきましょう。        M.H

 

*今日のメッセージで一番心に残ったことはなんですか
*サタンの目的はなんですか
*パンのための信仰になってはいませんか
*神の愛を疑わせ、試みさせるものにどのようなものがありますか
*イエスさまの勝利の方法は
*今日語られたことを自分自身の糧として神の国を生きましょう