2015年, 4月のブログ

2015年4月27日 

~ 心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして

 4月15日から40日間の祈りと断食が始まりました。その日はちょうど月に一度の教会の祈り会の日。そして、第3水曜日教会の祈り会があるので、朝の祈り会をしていなかったけれど、今月からすることになった朝の祈り会が復活。朝から断食をして、期待をもって祈り会に臨みました。ただ主を求め、礼拝したい。とことん礼拝したい。そんな思いでした。
 その朝の祈り会の中で主が私にこんな思い、幻を与えてくださいました。まず賛美しているときに、わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。詩篇103・・・が心に浮かびました。さらに主をほめたたえていくうちに、次のように語られました。今あなたがたがここでわたしを賛美し、礼拝していることは、水を吸い上げていることだ。
 大きな動かせないような入れ物の中に入っている水を流すとき、ホースの片方を水の中に入れて、もう一方を最初だけ一息、スッ~!と吸うと、水が流れ出していく、それを主は見せてくださいました。私たちが今していることはそういうことだと。そしてその流れ出した水は、私たちが祈っている家族、友人、また置かれたところ、遣わされた地にあふれていく…
 

私たちが心合わせ、時を合わせ共に祈る時、礼拝する時、主のいのちの水がこの地に流されていくのだと確信しました。
 この祈りと断食の40日の間、主がもっともっと語ってくださることを期待して主の御前に臨みましょう。
 断食をして、その後食べ物を口にしたとき、味がすごく濃く感じたりすると思います。ちょうど、のどがカラカラに乾いた時にポカリスエットを飲んだ時のように。断食を通して霊に飢え渇きを与え、主に霊を鋭くしていただきましょう。自分の思い、欲望を捧げ、主に対する熱心を表し、祈ってまいりましょう。主のさやかな御声が聞こえますように。そしてそれを行なっていくことができますように。御国が来ますように。御心がなりますように。
 
                          Mrs.M.H

 

 ~*今日のメッセージで一番心に響いたことはなんですか
*断食して祈りましょう!
*主が語ってくださったことを思いめぐらし、祈り、行なっていきましょう!
                                 


2015年4月19日 

~ 創世記5章から8章

 創世記を、いっしょに旅しています。すべての始まりの話です。この世界が創造され、地上の神の国の始まりがあり、神に似せて、祝福されたもの、地を支配するものとして、人間が造られました。造られた世界も人間も非常に良いものでした。しかし人間は神の命令に逆らい、その愛を無視してしまいました。罪の起源です。罪の支配する世界が広がって行きました。神の国の流れとサタンの国の流れ二つの勢力ができたのです。
 今日は5章から8章をいっしょに見て考えて見ましょう。罪の継承と神の国の継承です。わたしたち人間は「神のかたち」「アダムのかたち」を受け継いでいます。「神は人を創造されたとき、神に似せて彼らを造られ、男と女に彼らを創造された」アダムは、130年生きて、彼に似た、彼のかたちどおりの子を生んだ。5章1〜3節。神のかたち性質を残しています。またアダムの祝福を残しています。しかし、また私たちはアダムの罪を、すなわち死引き継いでいるのです。3章で見たように、罪の結果死を受け継いでいるのです。
 しかし、人間は神の国を求める心も継承しています。罪人となったのちも、神とつながる道が用意されていました。アベルは正しいいけにえを捧げました最善最良のものを神様に捧げたのです。セツとエノシュは、主の御名で祈りました。

この神の国がサタンの国の流れの中になぜ、どのように飲み込まれて行ったのでしょうか、二つはどのように合流したのでしょうか。そしてその結果わたしたち人間はどうなったのでしょうか。そんな中で、エノクはどうだったでしょうかエノクは365年生きて、神の国の祝福を受け、死ぬことなく神のみもとへと行きました。エノクはどのように生きたのでしょうか。また、神様はノアを通して神の国の復興計画を実行されました。そこから私たちは何を学び、今の時代どのように生きるのでしょうか、今日5章から8章を通して神様がお一人お一人に語ってくださり、新しい気づきを与え私たちを整えてくださることを期待しましょう。            M.H

~*今日のメッセージで一番心に響いたことはなんですか
*神とともに歩むことについて思い巡らしましょう
*あなたのライフスタイルの中で、神を排除してしまっている領
域はないですか
*罪が戸口で治らず、広がってしまっているなら悔い改めま
しょう
*神様が人類に示してくださった愛に思いを巡らしましょう
 


2015年4月12日 

~ 幼子のように受け入れる

 神の国は、その価値を知って求めるものが得ることが出来ます。すべてを捨てたものだけに与えられます。神の国はキリストを宝として生きます。宝と真珠のたとえです。(マタイ13:44,46)
 神の国に入る者は、あわれみで罪を赦された者です。そして兄弟の罪を赦さなければ、そこから追い出されてしまいます。また、とてつもないあわれみを受けたという自覚がなければ、神の国にとどまれません。王から1万タラントというとてつもない莫大な借金をあわれみで赦してもらっていながら、兄弟の百デナリを赦さなかった、しもべの話です。(マタイ18章23~34節)
 神の国に入る人は、自分の持っているものを兄妹に与えた人。兄妹を祝福したものが祝福されるのです。羊と山羊の話です。(マタイ25章32~46節)

 パリサイ人と取税人が二人で宮に上って行って祈っています。パリサイ人は、『神よ。私はほかの人々のようにゆする者、不正な者、姦淫する者ではなく、ことにこの取税人のようではないことを、感謝します。私は週に二度断食し、自分の受けるものはみな、その十分の一をささげております。』と心の中で祈りました。
 一方の取税人は、ただただ心打ち砕かれ悲しみの中で祈りました。
 そして、どちらが神さまのみ前で義と認められたか。つまり、神の国に導きいれられたか。
 もう、皆さんご存知ですよね。神の国は、高慢なものを退け、
へりくだり心打ち砕かれた罪人を受け入れて下さるのです。また、

イエスさまは言われました「子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに、はいることはできません。」神の国には子どものような心がふさわしいのです。神の国に受け入れられるへりくだり心打ち砕かれたものとパリサイ人とは何が違っていたのでしょう。また、子どものような心とはどのような心なのでしょうか。
自分を低くするものに恵みは流れていきます。「だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるからです。」これは聖書の原則です。
 私たちは、もっともっとその原則を尊ばなければならないのではないでしょうか。今日いっしょに、神の国に入るのにふさわしい者について考えて見ましょう。そして、私たち、ひとりひとり神さまのも御前に出て、神さまに心を探っていただきましょう。   M.H

~*今日のメッセージで一番心に響いたことはなんですか
*行いを誇り、人をさばいてはいませんか
*自意識が強く、神さまに従うことを妨げているようなことは
ないですか
*ありのままの自分から目をそらしてはいませんか
「だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるからです。」の原則の中で神の国をいっしょに歩みましょう。
創世記5章から8章を来週までに読もう!
 


2015年4月5日 

~ 主はよみがえられた!

 イエスさまは、墓にはおられません。確かにイエスさまはよみがえられたのです。それは、単なるでっち上げ、作り話ではありません。復活は歴史的な事実なのです。もしそうでなかったら、教会は存在していなかっただろうし、私たちの信仰もあり得ないものだったでしょう。
 今日は、イースターです。イエスさまの復活の事実を覚えて、よみがえられたイエスさまを共に礼拝しましょう。そして、今日も新しく主に出会い、主にあって造りかえられましょう。復活の主に出会って、大きな失望のかわりに希望を抱き力強く歩んだあの弟子たちのように。私たちも希望に胸を躍らせ、力強く主に仕えていこうではありませんか。
 また、弟子たちがそんなに変えられたという事実。それは、復活が嘘でも作り話でもなく真実であることを雄弁に語るものでもあるのです。

 十字架刑の日、弟子たちは悲しみに包まれていた。しかし、週の初めには喜びに満ちていた。十字架刑の日には絶望していた。しかし、週の初めには確信と希望で心が燃えていた。復活を初めて聞いたときは懐疑的でなかなか信じようとしなかったが、いったん確信してからは二度と疑うことがなかった。この者たちに起こった変化は驚くばかりであるが、これほど短い期間でこれほど変わったことをどう説明すれば、よいのであろう

か。からだを墓から出しただけでは、彼らの心、人格まで変えることはできなかったであろう。これほどの影響力を持つ伝説が生まれるには、三日ではとても足りない。人が伝説に残るような成長を遂げるには、年月が必要である。どう説明をつけるのか。・・・この証人たちの人格を考えて見るがよい。世界が知る最高レベルの倫理を教え、また、敵の目から見てもその倫理を実践していた者たちである。屋上の間で縮こまっていた小さな臆病者の集団が数日後にはどんな迫害をも超えていくものに変えられた・・・この劇的な変化を作り話だけで説明することが心理学的に見ていかに馬鹿げたことか考えて見よ。そんな説明は、どんなに頑張っても筋が通らない。
         ~J・N・Dアンダーソン~

 イエスさまは確かによみがえられたのです。     M.H