2016年, 9月のブログ

2016年9月18日 

~ 創世記22章~ジーザスファミリー号に乗って

 断食が始まって一週間。いかがお過ごしでしょうか?主が語ってくださったこと、見せてくださっている絵、心に浮かんでくる思い…主との親しい交わりの中に過ごしておられることと思います。
 先日の祈り会で、主を礼拝している中で、主がみことばを示してくださいました。
 『主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。』彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めた時、主は伏兵を設けて、ユダに攻めて来たアモン人、モアブ人、セイル山の人々を襲わせたので、彼らは打ち負かされた。   
               第Ⅱ歴代誌20章21,22節
 先週のメッセージで語られた個所の続きです。主ご自身を求め、主だけを礼拝し、賛美し、主を喜ぶ…今まさにその時であり、私たちがそうする時、主が伏兵を設けて勝利を与えてくださる、という思いが与えられました。そしてその祈り会ですぐに実践しました。『主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。』と叫び、そのあと大きな声で、喜びの声をあげて、主に感謝し、礼拝を捧げました。渦中にいない人が見たら、この人たち何やってんの?という風に見えたことでしょう。しかし、主が語られたのです。そしてそれを行なったとき私たちのうちに喜びがあふれました。そうです、断食をして祈った後に大きな喜びが来るのではなく、私たちは今からも喜びに満たされるのです。主に目をあげて、続けて求めましょう。期待しましょう!

 今日は、創世記の旅の続きをいっしょに歩んでいきましょう。前回、創世記21章を通して、主の約束、計画を、自分の手によって実現しようとする(できると考える)のではなく、約束のものを、主に期待し、忍耐して、待つものでありたいと、アブラハムの人生から見て学びました。今日はそのアブラハムの不真実ではなく、神と同じ痛みと苦悩を2000年後のゴルゴタの丘に先んじて味わい、神の友と呼ばれたアブラハムをいっしょに見て、そこから私たちも神の大きな愛を受け取り、そこに信頼して、従順に歩むことをいっしょに考えてみましょう。               M.H

分かち合い・思いめぐらし
*メッセージであなたが語られたことを、今週、誰かに分か
 ち合いましょう。
*今あなたは何よりも神ご自身を愛していますか。思いめ
 ぐらしてみましょう。
*そしてそれを行動で示していますか。
*感情や倫理、理性(大切なものですが)が、信仰より
 上に置いてはいませんか。   


2016年9月11日 

~ 主よ!

 ただひたすら主に求め、ユダ全国に断食を布告した。
 今、私たちジーザス・ファミリーも、まさにこのような状況の時だと感じています。私たちが、このセンターに移ってきて丸4年が過ぎました。そして、今私たちは、新しい何かを感じています。主が私たちを揺り動かしておられます。
 この4年の間に、ともに牧会ティームとして働いていた、イッポさんご家族がニンキ族ヘと遣わされベルギーへ行かれました。そして、先週フォーセットケンさんご家族が東京へと引っ越されました。そして教会の働きの中で、私たちは、さまざまな主の取り扱いを受けてきたと思います。素晴らしい主の祝福もいっぱいあり、喜びの時や、感謝の時を持ってきましたが、私たちに失望と落胆をもたらすサタンの攻撃もありました。それは、私自身も、そして教会としても。
 そして今このとき、主が私たちに、主ご自身にしっかりと目を注ぎ、主ご自身を求めるようにと語ってくださっていると思います。私個人の思いの中では、今はっきりと私自身を覆っていた覆いを、吹っ切る、断ち切るそんなときであると確信を持っています。また、それは私たちジーザス・ファミリーが、新しくなるそんな時だと感じています。私たちは今まで、経済的な圧迫を感じ続けてきました、また霊的にも様々な攻撃、圧迫を受けていました。そんな中で、閉塞感と不自由さを強く感じていました。そのようなものを主が今、取り除いてくださると信じます。今こそがその時であると確信しています。そして主は今、『私自身を求めよ、私に目を注げ』と語ってくださっていると思います。
 皆さん、私たちは心をひとつとして、教会として、家族として主を求めて、いっしょに前進していこうではありませんか。
 今日から、10月2日までの3週間、連鎖断食の時を持ちます。今、教会が直面している問題に、危機感を覚えて祈りましょう。主に目を注ぎましょう。そして何より、主の恵みに私たちの心を向け主の祝福を感謝するときとしましょう。 
 「主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで」
 ヨシャパテは勝利を得ました。

                               M.H


2016年9月4日 

~ 恵みの中から

 今まで、毎週いっしょに礼拝をささげてきたフォーセット・ケンさんご家族が、主の導きの中で今日の礼拝の後、東京へと引っ越していかれます。私たちジーザスファミリーは一つの家族として、ケンさんたちとの交わりを通していっぱいの祝福を受けました。引っ越していかれて実際に距離は遠くなりますが、私たちは家族です。ケンさんたちの向こうでの生活が祝福に満ちたものとなることを願い祈りましょう。そして、新しい地にはいって行かれるとき、その地が、この家族を通して流れ出るキリストの香しいかおりで満ち溢れ、祝福されたものとなることを確信しています。
 私たちが新しい領域に入っていくとき、主が、わたしたちが進んでいこうとしている方向を示してくださり確かにそこへと導いて下さると確信しています。
 私たちは、それぞれに遣わされているコミュニティが変えられていくことを見ていきたいと願っています。
 主は、わたしたちのことを宝の民と呼んで下さっているのです。そんなに素晴らしい祝福の中に、私たちは置かれているのです。私たちの上にある祝福は、何にもまして大きなものなのです。それを喜ぼうではないですか。そして、福音の素晴らしさを伝えて行こうではありませんか。喜びの中から、恵みの中から、キリストの香しいかおりをこの町に、わたしたちの遣わされているコミュニティの中に放って行こうではありませんか。
 そのために私たちは、知らなければならないのです。どれほど、主が私たちを愛してくださっているのか、私たちをどのようなものと語ってくださっているのか。そして、それとともに主が私たちが新しい領域に入っていくとき、新しい地を勝ち取ろうとするとき、私たちに何を求めておられるのかを。
 今日、いっしょに考えていきましょう。私たちが主の聖なる民のゆえに、主が私たちに望んでおられる事があるのです。私たちを愛するゆえに、要求される事があるのです。そんな主の愛に答えて行きましょう。祝福は大きいのです。

あなたは、あなたの神、主の聖なる民だからである。あなたの神、主は、地の面のすべての国々の民のうちから、あなたを選んでご自分の宝の民とされた。       申命記7:6
                               M.H

~分かち合い・思いめぐらし
*メッセージであなたが語られたことを、今週、誰かに分かち合いましょう。
*あなたが、新しい領域に入っていくとき追い払うべきものは何でしょうか
*主が追い払おうとしておられるのに自分で妥協してしまっていることはありませんか、契約を結んでいませんか。今日祈りで断ち切りましょう
*主があなたをどのように見ておられるかということに思いを巡らしましょう