2016年, 10月のブログ

2016年10月18日 

~ 教会って③

 「人間の第一にして、最高の目的は、神の栄光を現し、かつ永遠に全く神を喜ぶことである。」(ウエストミンスター信仰告白)これは個人とともに教会としても真理です。
 教会について、いっしょに考えています。3回目です。教会って何でしょう?信者が集まっているところ?それ以上に何か深い意味があるんでしょうか。使徒の働き2章の初代教会の姿から、イエスさまの命にあふれる教会がどのようなものであるのか、その共同体がどんな働きをしていたのかを見ました。
 覚えていらっしゃいますか。そして、私たち教会が持っているものは、救いの恵みであり、キリストの愛なのです。唯一の希望を持っているのです。なんという祝福でしょうか。素晴らしいとは思いませんか。それを、この世界の中に現し伝えて行くことこそが、何にも勝る私たち教会の使命なのです。
 今日は、今一度、教会とは何か、何のために存在するのかを考えてみて、イエスさまが言われた、地の塩、世の光とはどういうことなのか考えてみましょう。地の塩として、この世界の中に生きるとは、また世の光として闇の中で光を放つとはどのようなことなのでしょうか。私たちは、この腐敗の進む世界でそれを食い止め、この世界が闇に覆われることのないように、その光を輝かすものなのです。では、私たちが、地の塩、世の光として用いられるための鍵とも言える神の力、神の真理、神の愛の3つのことについて、いっしょに考えてみましょう。この世から召し出された私たちが、神の家族の中で、いやされ、励まされ、整えられて、そして、もう一度、この世に遣わされ、救いと癒しを述べ伝えて行こうではありませんか                        M.H

分かち合い・思いめぐらし
*メッセージであなたが語られたことを、今週、誰かに分
 かち合いましょう。
*教会って何でしょう。思いめぐらしてみましょう。
*あなたは地の塩、世の光として遣わされている領域は
 どんなところですか。
*地の塩、世の光として用いられるための3つの鍵は?
 あなたが強められなければならないところは。


2016年10月13日 

~ 見ているものが…

 私が初めて、モザンビークに行った時のことを思い出します。それは、もう20年も前のことです。私たちが訪れたある村は、聞くところによると初めて外国人がやってきたというような田舎の村でした。そこに着いて、村の広場のようなところで休んでいると、村の人たちが集まってきて、疲れていた私たちに飲み物を提供しもてなしてくれました。その飲み物はコカ・コーラ。まだ、外国人がほとんど入っていったことのないような村でも、コカ・コーラが、いきわたっていることに驚いたのを思い出します。
 1923年から55年まで、コカ・コーラの社長であった、ロバート・ウッドラフは、会社が負担するコストを度外視して、世界中にいるアメリカ兵に5セントでコカ・コーラを提供したいと考えたそうです。大胆な目標です。しかし、彼が本当に心の目で見ていた大きなビジョンと比べるとそれは、大したことはなかったのです。彼が見ていたものは世界中ですべての人がコカ・コーラを味わっているというものでした、しかも自分が生きている間に。
 “あなたは、何を思い描いてきたのですか。”
今回の断食を通して、神さまは、私たちに、語ってくださっていると思います。
 私たちは、現状の目に見えるところばかりを見て、そこばかりに気を持っていかれてしまい、あきらめや、失望を覚えてしまいます。現状を見、置かれている状況を知り自覚することは重要なことです。しかし、そこにとらわれて、思い描いているものをないがしろにし、忘れてしまったら、また、思い描いているものから逃げてしまったら、私たちは、どこにたどり着くのでしょうか。見ているものが成るのです。今一度、私たちは神さまが私たちに与えてくださったビジョンの上に立って、私たちが見たものを思い出し、それをしっかりと思い描いて、そして実際に見ようではありませんか。神さまは、あきらめてはおられません。                   M.H

この地に、一歩足を踏み入れたら、明らかに主の恵み、
あわれみを体験する、何かが違う。
地下鉄を降りて駅から出てくると
キリストのかおりがあふれている。
そんな預言的なコミュニティーに
この地、西田辺が変えられると本気で信じています。

この町は世界の国々の間で、わたしにとって喜びの名となり、栄誉となり栄えとなる。彼らはわたしがこの民に与えるすべての祝福のことを聞き、わたしがこの町に与えるすべての祝福と平安のために、恐れおののこう。」 
                                     エレミヤ33章9節


2016年10月4日 

~ どんだけ!!

 自分が赦されたんだ、赦されているんだ、そのことを知った時、人生が変わりました。
 到底赦されるはずもないそんな自分が・・・1万タラント(労働者の年収の20万倍!)という気の遠くなるほどの借金が帳消しにされたのです。王は、しもべを、かわいそうに思いその清算しなければならなかった借金を免除してくださったのです。しかし、しもべは、自分に借金をしている仲間を赦しませんでした。その借金は、100デナリ。1万タラントと比べれば微々たる金額です。自分自身は大きな借金を赦されたのに、それを知った王は、この男を獄吏に引き渡しました・・・マタイ18章のイエスさまのたとえ話です。
 私たちは、みな赦されなければならないそんなものなのです。王の前で清算しなければならないものだったのです。そして、私たちは、みな神さまのあわれみのゆえに赦されたのです。それは言い換えれば1万タラントのあわれみです。私たちが受けた神さまのあわれみは、なんと大きなものでしょうか。目の前にいる100デナリの過ちのある人を私たちはどのように扱っているのでしょうか。なぜ私たちは、人の過ちを赦さなければならないのでしょうか。「心から赦す」(マタイ18章35節)とはどういうことなのでしょうか。赦しについていっしょに考えてみましょう。赦すことは自分を、また相手を自由にすることです。              

ただひたすら主に求め~3週間の連鎖断食を終えて~

主の勝利を宣言しましょう。私たちは、この3週間を喜びの中で断食し祈りました。そしてその中で主が働いてくださったと確信しています。主は私たちを見捨てず見放される方ではありません。今日は勝利の日です。今日のロッカールームの中で、私たち家族が一つとなって、いっしょに賛美の声を上げましょう。感謝と喜びをもってわれらの主をほめたたえましょう。主は素晴らしいお方です。ただただ私たちは主に信頼して、主に従って歩んでいくものです。いっしょに前進しましょう。                       M.H

 

分かち合い・思いめぐらし
*メッセージであなたが語られたことを、今週、誰かに分かち合いましょう。
*自分が受けた赦しについて思い巡らしてみましょう。
*あなたは、人の過ちをどのように取り扱かっていますか。
*心から赦すとはどういうことでしょう。

 


2016年10月4日 

~ 教会って②

 「人間の第一にして、最高の目的は、神の栄光を現し、かつ永遠に全く神を喜ぶことである。」(ウエストミンスター信仰告白)これは個人とともに教会としても真理です。
 教会って何でしょう?信者が集まっているところ?それ以上に何か深い意味があるんでしょうか。
 8月21日に、いっしょに教会とは何かということについて、考えてみました。覚えていらっしゃいますか。教会は単なる建物や組織ではなく、教会は、キリストの体であり頭なるキリストの指示のもとに互いに依存しあいながら共同体を形成しているものです。そして、教会は神の家族です。
 今日は、もう少し具体的に使徒の働き2章の初代教会の姿から、イエスさまの命にあふれる教会がどのようなものであるのか、その共同体がどんな働きをしていたのかを考えてみましょう。
 どうして、初代教会は、急激に救われた、3000人もの人々を牧することが出来たのでしょうか。共同体としてどのような生活を送っていたのでしょうか。そこには、何があったのでしょうか。その交わりとはどのような交わりだったのでしょうか。初代教会は、人々に何を伝えていたのでしょうか。それらのことを考え、そこから私たち教会はどのように今のこの時代の中で神の国を現していけばよいのかをいっしょに考えてみましょう。 
 取税人のマタイは、イエスさまと出会い弟子となりました。しかし、決して弟子となる前の友人関係を捨てませんでした。その友人たちを招きイエス様をお迎えし宴会をもようしました。イエスさまに反発し、つぶやくパリサイ人たち、そこでどうなったのでしょうか。
 また、ある女が、イエスさまがパリサイ人と一緒に食事をしておられるところに突然やってきてイエスさまに近づき、イエスさまの足に香油を注ぎ、涙で拭いました。そんな、大スキャンダル的な出来事の中で、イエスさまはその罪深い女に対してどのようになされたのでしょうか。それは、まさに私たち教会が持たなければならないそんな模範ではないでしょうか。
 私たち教会が持っているものは、救いの恵みであり、キリストの愛なのです。唯一の希望を持っているのです。それを、この世界の中に現し伝えて行くことこそが、何にも勝る私たち教会の使命なのです。そんな共同体としていっしょに成長しましょう。                            M.H

分かち合い・思いめぐらし
*メッセージであなたが語られたことを、今週、誰かに分かち
 合いましょう。
*教会って何でしょう。
*今まで自分が考えていた教会と今日考えたことにどのような
 違いがありましたか
*教会の本質や使命を知ってあなたの生活の何がかわり
 ますか