2016年, 12月のブログ

2016年12月20日 

~ 思いめぐらしていた

 クリスマス。それは神が人となって、私たち人類の罪を取り除くためにお生まれになられたのです。そのことは私たち全人類にとってすばらしい喜びの知らせだったのです。
 皆さんは、イエスさまの誕生を素直に心から喜んでいるでしょうか?イエスさまの誕生は素晴らしい喜びの知らせなのです。
 23日は、クリスマスセレブレーションです。その喜びの知らせを暗闇の中にいる、愛する私たちの家族や、友人たちの一人でも多くの方に知っていただきたいのです。ひとりでも多くの人々が闇の中の光を見、この喜びの知らせにふれ、永遠の命にあずかれるように祈りましょう。
 
 毎年この時期になると、あわただしい日々が続いてバタバタと余裕もなくなってしまいますが、このようなときにこそ主の御前でゆっくりと時間をとって思い巡らすときをとりたいものです。
 私たちは、大変な問題が起こったり、感情の起伏によっていらいらしたり、落ち込んだりしてしまうと、ついゆっくりと思い巡らしたり、考えたりすることをおろそかにしてしまうのではないでしょうか。自分の思い込みで重大な決断を下してしまったり、怒りや喜びといった感情に流されてよく考えもせずに答えを出してしまったりしてしまうことはありませんか。ヨセフが自分の婚約者が妊娠したと知ったときどんな思いだったでしょう。その出来事がもし自分の身に起こったらと考えたらある意味で容易に想像できると思います。婚約者が妊娠してしまった。自分には何の覚えもない。しかも聖霊によってなどといっている。カーッ、くっそー、わけわからん。腹が立つやら、悲しいやらでもうどうにでもなれ状態ではないでしょうか。ゆっくり考えたり思い巡らしたりしないで感情で処理してしまって、後から後悔したりするのが関の山です。しかし、ヨセフはそんな中で冷静にいろんなことを考え判断しさらに思い巡らしたとあります。私たちも日々の生活の中で、どうにでもなれ状態になってしまいたいようなことがあるのではないでしょうか。夫婦関係や親子関係のなかで、職場の中で、そんな時どうするのでしょうか。そんなときこそ私たちは思い巡らすということをしなければならないのではないでしょうか。最近そんな時間をとることの必要を強く感じています。どんなことであっても思いつきや惰性でやり過ごしたくはないのです。時にはひらめきや感情も必要でしょうが、そうであっても思い巡らすことは重要です。ヨセフはそんな中で神からの語りかけを聞いたのです。そしてそれに素直に応答し従いました。私たちもそのようにありたいものです。
 今日は、もう一人の当事者、主イエスさまを胎内に宿し、彼を抱き、あらゆる誤解や患難にたえ、理想的な女性の典型ともいえるマリヤについていっしょに考えてみましょう。
                              M.H                   

 


2016年12月11日 

~ 水じゃいや

 今年も、残すところあと20日となりました。今年の一年皆さんにとってどのような一年だったでしょうか。なんだかまだクリスマスが間近に迫っていて、今年一年がどのようだったかなんて考えられないというのが私たちの本音ではないでしょうか。しかし私たちは、どうしてこうも後ろ向きになってしまうことが多いのでしょう。例えば、今年一年振り返ってみてもなんだか、だんだんうまくいかなかったなとか、年の初めは意気揚々だったのに後の方は、ちょっと失望みたいな風にです。皆さんはいかがでしょうか。
 イエスさまが最初のしるしをなされた、カナの結婚式の時を思い出します。途中で宴会を盛り上げ、楽しみを増し加えるべきぶどう酒がなくなってしまったように。宴会の主催者にとっては赤っ恥ものの大ピンチです。しかし、水がぶどう酒に変わり、世話役は言いました。あなたは良いぶどう酒をよくも今まで取っておきました。そうです。私たちには、うっちゃりがあります。たとえ攻め込まれて、土俵際に追い詰められて、徳俵に足がかかっていたとしても、そこでうっちゃることが出来たらそれでOKです。クリスマスが楽しみです。なんか脈絡のない文書で申し訳ございません。
 先週のビーワン教会との主を慕い求める祈り会の時にルーシさんが、カナの婚礼のお話(ヨハネの福音書2章)の個所から一発逆転を分かち合ってくださいました。そして、同じ個所をその日の、ロッカールームで家内が分かち合っていました。とても、励まされました。なぜなら、私自身も、前述の打っちゃりの話を、ちょうど思いめぐらしていました。私たちには勝利が約束されているんだ。今がどうであれうっちゃれるんだ。いくら攻め込まれていても最後は勝利。そんなことをちょうど考えていたからです。主が励ましを与えてくださっていると確信しています。そしてまた、主は、ひと月ほど前に、「状況を見ても何も変わらないが私を見れば状況は変わる」と語ってくださいました。状況から目をそらし、逃げることはできませんし、状況を知ることは大切ですが、主のそばにいて、主を見つめて歩むこと、主に従って歩むこと以上のことはありません。従順に従ったものが、最も近くで神の御業を経験するのです。今年のクリスマスいっしょに神の御業を経験しましょう。                                  
                             M.H