~ 真実の愛
「この世で役に立たないものは何ひとつない、この石ころだって役に立つんだ」という素晴らしい名セリフと、全編を流れる切なく美しいメロディが涙を誘い、ラストの慟哭に心を打たれる往年の名作映画 “神の愛は信じぬ者にも及ぶ”という思いで作ったという、フェデリコ・フェリーニ監督の「道」。何年も前に、そして何度も、見たこの古い映画をふっと思い出しました。ご存知の方もたくさんいらっしゃると思います。ストーリーの紹介は、今はいたしませんが、私にとって、いろいろ考えさせられる、とても素晴らしい映画でした。お時間があれば、ぜひ。
世間には、愛が氾濫しています。しかし、本当の愛って、真実の愛ってどのようなものなんでしょう。あまりにも、愛が安っぽい薄っぺらなものになってしまってはいないでしょうか。
作家の太宰治は「火の鳥」の中で「愛は最高の奉仕だ。みじんも自分の満足を思ってはいけない」といっています。また、キリスト教は愛の宗教だとよく言われています。しかし、私たちは、いったい、どれほど、本当の愛、真実の愛を理解しているのでしょうか。
私たちは、真実の愛を理解し、自分自身がしっかりと受け取り、それを私たちの家族や友人、周りの人々へその愛を流しだしているのでしょうか。
ベタニヤの町シモンの家で、友人たちがイエスさまを取り囲んで、食事をしています。そこに、ひとりの女がやってきてイエスさまの頭に香油を注ぎ始めました。非常に高価な、純粋なナルド油です。お金に換算したら300デナリ(当時の労働者の年収ほど)以上。弟子たちや周りの人たちは憤慨しました。なんという無駄なことをするのかと。女はイエスさまに対して自分にできることをしたのです。惜しみなく愛を示しました。
真実な愛とはどのような愛なのでしょうか。今日、この香油を注いだ女の話からいっしょに考えて見ましょう。そして、私たちが父なる神さまから受けたその愛をしっかりと受け止め、感謝し、そこにとどまり、その中から今度は、その愛を流しだしていくのです。 M.H
*メッセージであなたが語られたことを、今週、誰かに分かち合いましょう。
*あなた自身が、神さまの愛に触れた、と感じたのはどんな状況の中でしたか?
*あなたが愛を流しだすのは、だれにでしょうか?
*真実な愛はどのような愛でしょうか?