2017年9月22日 

~ 愛の人

 私は、喜んでいる!みんな神さまに愛されているんだ!ヨハネは90才ぐらいでした。
 ヨハネは、60年以上イエスさまと共に歩んできて、90才になって、私は喜んでいる、私は愛されている、そして神さまは、あなたにも喜びを与えてくださると、いきいきと語っています。素晴らしい人生ではありませんか。私たちもこのように喜びに満ちていたいものです。いくつになっても。
 明日は、敬老の日です。
しらがは光栄の冠、それは正義の道に見いだされる。
                       箴言16:31
 私たちジーザス・ファミリーは名前のとおり家族です。そこには当然子供もいれば、若者そして年配の方もいて、みんながひとつとなって、いっしょに神さまを愛し礼拝し、互いに愛し合いながら神さまに従っているのです。ひとりひとりの居場所があって、なすべきことがあって、ひとりひとりは、かけがえのない存在なのです。今日は、特に年配の方々を覚えて感謝を表そうではありませんか。(もちろん今日だけじゃなくっていつもですが・・!)人生の大先輩であり、祈りの勇士、主の戦士である、おじいちゃん、おばあちゃん本当にありがとう!!私たちは、その存在にいつも励まされています。いっしょに家族として礼拝できることは、大きな、大きな特権です。
 さて、ヨハネに戻りますが、私たちもヨハネのように喜んでいる者、愛の人として老いていきたいものです。ヨハネもイエスさまと出会った頃は決して喜びに満ちていたようなものではなかったようです。イエスさまから、素晴らしいあだ名をもらっていました。ボアネルゲ、すなわち雷の子。それはヨハネの激しい性格を表したものです。短気で、怒りっぽいそんなヨハネでした。すぐに怒りをぶちまけてしまうような性格だったのでしょう。しかし、そんなヨハネが喜ぶもの愛の人に変えられたのです。イエスさまの十字架とペンテコステを通して。同じように私たちも十字架を知り聖霊さまによって、喜ぶもの愛の人へと変えられるのです。       M.H

                              
                                                    

2017年9月10日 

~ 創世記32章

 久しぶりに創世記のたびに戻りましょう。ヤコブは20年の生活に区切りをつけて故郷へと旅断ちました。いろんな出来事があり、多くの思い出のしみ込んだ地です。結婚もし、子供が生まれ、家畜を飼う仕事を20年にわたり行ってきた地。その地を出ることを彼に決心させたその理由は何だったのでしょうか。ヤコブの三つの理由をいっしょに前回に見ました。それは、1.二十年の間に周囲の状況が変わった。2.ヤコブ自身の気持ち。3.主からの示し。でした。覚えていましたか?そして、神はヤコブと伯父ラバンの間に介入してくださいました。
 さて、今日は32章です。今までの生活に一区切りをつけて、約束の地へと帰ろうとするヤコブでした。ヤコブの人生の大きな転換期です。故郷への旅を続けるヤコブ、そこには、さらなる不安がありました。兄エサウと二十年ぶりに再会しなければなりません。それは簡単なものではありません。なぜなら、ヤコブは兄から長子の権利を騙し奪い取り、故郷から逃亡していたのですから、そこに帰っていくことが不安でないはずはありません。
 兄エサウが400人を引き連れてヤコブに会いに来ると聞いたヤコブは、最悪の事態をも想定し震え上がったに違いありません。

 そこで、ヤコブは非常に恐れ、心配した。(32:7)

 ヤコブは兄エサウとの和解が必要でした。和解なしには約束の地へも帰れないし、祝福を受け継ぐことはできないのです。
 ヤコブはどのように、この局面を突破していくのでしょうか。そして、そんな中で神様はどのように働いてくださるのでしょうか。
 創世記32章を通して、いっしょに考えてみましょう。そして、神さま素晴らしい祝福を、今日も私たちの日々の歩みの糧として受け取りましょう。         M.H

*メッセージであなたが語られたことを、今週、誰かに分かち合いましょう。
*和解出来ていない、してない問題はありませんか?あ
 なたはそれをどうしますか
*あなたは神と格闘をしたことがありますか。それはどんな
 時でしたか
*そのことを通してどのように成長しましたか                      

                                                    

2017年8月29日 

~ 期待して

 今日は恒例の夏まつり礼拝!みんなでいっしょに、天地をおつくりになられた神さまをほめたたえ、礼拝し、与えられたこの日を共に喜び、楽しみ、残暑もぶっ飛ばしましょう。
私たちを愛してくださり、すべての咎を赦してくださり、すべてのやまいをいやしてくださり、いのちを与えてくださり、一生を良いもので満たしてくださり、そして、いつも私たちを守ってくださる神さまを、心からの賛美と踊りを持ってほめたたえましょう。
 今日も生きて働かれる神さまは、私たち一人ひとりを愛してくださり、一人ひとりを名をもって呼んでくださるお方です。私たち一人ひとりをしっかりと覚えてくださり、その存在を尊いものとしてくださり、いつも共にいてくださる方です。今日もいっしょに素晴らしい神さまを体験しようではありませんか。
 
 アラムの王の将軍にナアマンという人がいました。ナアマンは勇士でした。しかし、らい病を患っていました。ある時、ナアマンの妻に仕えていた一人の少女(イスラエルから略奪されてきた)がナアマンに進言します。「サマリヤの預言者のもとに行けばらい病を直して下さる。」と。それを聞いて、ナアマンは預言者のもとに行きますが、預言者はナアマンに会うこともせず、ただ体を7度ヨルダン川に浸すようにと告げました。もっと、複雑で高等なことをしてもらえると思っていたのか、ナアマンは、怒りだします。 
 その時、ナアマンのしもべたちがナアマンに言います。「預言者がもっと難しいことをあなたに命じたらあなたはなさったのではありませんか。これは簡単なことです。」それを聞いて、ナアマンはヨルダン川に身を浸し、完全にいやされました。
 今日いっしょに、ナアマンの話から考えてみましょう。
 福音はシンプルです。難しくしているのは私たちのプライドではないでしょうか。
 主が、今日あなたに語ってくださり、働いてくださることを信じます。主が必要に答えてくださることに期待しましょう。                              

         M.H